公家風

ある方の日記を読んで衝撃を受けました。
その人はだいぶん以前から日記を書かれていましたが、京の公家風のタイトル・超長文から見ていませんでした。
僕よりだいぶん年配の方。
年の功を感じ、敬意を感じました。
つくづく数値・単語条件から入る婚活の行く末の粗末さを感じました。目に見えている。。。
そんな夫婦が多いのと情の欠けから離婚が多いんだなと思う。
エリートが多いといわれる新橋のビジネスマンで、家路につくのが楽しみな男はどれほどいるだろうか?
それよりも、金なし学なし自慢できるとこなし男で惚れらて結婚した夫婦のほうがどれほど温和でしあわせな空間にいれらるかと。
本人は気付いてないだけで、彼女は良さが分かってるんだろう。

年の功には勝てないと思った。

若者には、満ち満ちた体力とバイタリティーがある、怖いものなし。。
でも、経験がない、先は未知の世界。
経験者は、、、もう、昔のように馬力は出ない、経験から怖いものがいっぱい。
けど、例の場数をこなした度胸と推理が働く。
この両方が欲しい、、なんて都合のいいことを望んでしまう。
成功し、華やかなキャリアだけの経験者・・・清原さん、彼は欲しいものは何でも手に入れただろう、それはただ手に入れられたのでなく努力で。
でも、すべては手に入らない。
無垢で純粋なだけではこの世は渡っていけない。
いい人だけでは、苦湯を飲むことになる。

ある子が言ってるけど、この齢になっても、しあわせって何だろう?って。
僕は今、離婚して結婚生活のダメージから回復して、自分の時間を過ごせる。
フィーリングで身の回りのモノを選び、いいなぁ~と思いながらお気に入りのモノに囲まれて過ごしている。
これも幸せと言えば、しあわせ。

自動車ディーラーで、車の遍歴は?って聞かれた。
初めてこんな事聞かれたけど、気に入る車を手に入れてからは、これに一筋、新型車を見ても俺の車のほうに見惚れてるし、この車の潜在能力に惚れ込んでいる。
年取ったし、ゆっくり楽しく走れる車がいいなぁーと思いながらブラブラしてる。
この車は手放さない。

話がだいぶん飛んだ。
結婚って、他人同士が一緒になるんだけど、相手が大事にしている事・ものを大事に出来ることも愛情の表現の一つと思う。
まるっきし同じ価値観同士では世間から見たら常識外れな価値観になり、その子供も外れてしまう。
東京にはこれが多い。都内でビックリする親子を見かける。
でも、大事とするところが近いところにあり、お互いが好きで好きで、他から見たら気持ち悪い位くっ付いていられるなら、
きっと、離婚することは無いんじゃないかな。
相手の痛みもわかる。。

そういう観点からすると、やっぱり写真はかなりの情報が含まれていると思う。
やり取りと写真で恋に落ちても眼力が正解ならば、諦めるべきでないと思う。
相手があってだけどね。